黄金のカエル像と沈黙の歌 第2話
そのときです。
ゾーイと取り巻きたちの嫌なくすくす笑いを切り裂くように、身をすくめていた子どもの1人が、ランスの窮地に雄たけびをあげたのです。
「ランス兄ちゃんをっ、いじめるなっ!!」
勇気を出したアラコアの少年は、足元にあった手のひら大の瓦礫を拾うと、力いっぱい、ゾーイに向かって投げつけました。
「‼?」
十にも満たぬ幼い子どもだからと、ゾーイが子どもたちを視界にすら入れていなかったことと、ゾーイと少年の距離が、ランスを挟んでもかなりの至近距離だったからでしょう。
がっ、と鈍い音を立てて、石はゾーイの右目に、幸か不幸か、見事に直撃しました。
「いってぇっ!!」
子どもが投げたとはいえ、それなりに重さと大きさのある瓦礫で、当たった場所は生き物の共通の急所である目です。
痛くないわけがありません。
嘴を大きく開けて太い舌を突き出し、ざらつく様な声で悲鳴をあげ、ゾーイは思わずランスを取り落としました。
「くっ!げほっ、ごほっ」
ゾーイの締め付けから解放されたランスの気道に、一気に新鮮な空気が流れ込みます。
地面に尻もちをつきながら、ランスは激しくせき込みました。
「やったあ!ランス兄ちゃんっ!」
少年が明るい声をあげて、解放されたランスへと駆け寄ってきます。
さっきまで、ランスや自分たちをいじめていた悪者に一矢報いることができたことに、喜びと誇らしさを感じているようです。
「兄ちゃん、大丈夫?」
「だめだっ、トーラ!」
自らに向かってくる少年、トーラに、ランスは必死に静止の声をあげました。
「えっ」
しかし、遅かったようです。
トーラがランスの警告を理解するよりも早く、トーラの体が、まるで見えない手に襟首をつかまれたように、空中に持ち上がります。
見えない手は、ぎゅううう、と先ほどランスがされたように、トーラの襟首を締めあげます。
「ぐ、えええ」
「トーラ!!」
「ガキが。舐めたまね、しやがって」
ランスが振り返ると、血の流れる右目をおさえながら、残った左目で、ゾーイがこちらをにらんでいました。
ゾーイの激しい怒気と殺意のこもった視線に、ランスは思わず身震いしました。
ゾーイの体は、赤いオーラに包まれ、顔や腕に彫り込まれた「赤いタトゥー」が、不気味に発光しています。
まるで、ゾーイの怒りを、そのまま体現しているようです。
「やめろ!トーラは悪くない!悪いのは、俺なんだ!」
ゾーイに向かって、ランスは叫びます。
「はぁ?『とーらはぁ、わるくないぃ、わるいのは、おれなんだ』ですだぁ?」
ふざけた口調でランスの言葉を真似て、ゾーイはけたけたと笑いました。
「ら、んすにいちゃ、たずげ、で」
ゾーイの高い笑い声をバックに、喉を絞りあげられながら、トーラがか細い声で必死に助けを求めます。
トーラの顔色は真っ赤で、嘴の端からはよだれがたれ、白目をむきかけていました。
「やめろおおおおお!!!」
トーラの助けを求める声に、ランスの中で、何かがはじけました。
やみくもに、ランスはゾーイへ突進しました。
まだ少年のランスには、ゾーイの魔法を阻むだけの魔力も、殴り倒すだけの腕力もありません。
それでも、大事な仲間を見殺しにして立ち尽くすことはできませんでした。
「!」
ランスがこぶしを振りかぶった瞬間、ゾーイが笑いを止めて、かっ、と左目を見開きました。
獲物を見定めた瞬間のハゲタカのように、瞳孔がきゅっと鋭く絞られ、ランスを捕らえます。
「『群れ』の躾けもできてねえやつが、いっちょまえのこと、ぬかしてんじゃ、ねえぞおおおおおっっ!」
まるで縄張りを侵された雄のハイメインが怒りの咆哮を上げるように、ゾーイが吠えました。
それにこたえるように、ゾーイの「赤いタトゥー」が、より強く発光します。
「うわあああああっ!」
身構える暇もありませんでした。
まるで、見えない巨人の手に殴られたような衝撃と痛みが、ランスを襲いました。
そのまま、吹き飛ばされたランスは、トーラと共に壁へとたたきつけられてしまいました。