日常小話② 「スポーツジムの思い出」

最近、市民プールに通うために水着を買った。そろそろおなかの肉がやばい。数年前にスポーツジムに通って手に入れた、今は失ってしまった理想のボディを取り戻さねばならないと一大決心したのだ。

買ったその日に家で水着を試着していると、ふと、スポーツジムでの恥ずかしい思い出が脳裏をよぎった。

 数年前、私は毎日のように仕事帰りにスポーツジムへ通っていた。ちょうど今の私の体のように、体重は標準ではあったが、運動をほとんどしていなかったので、ちょっと肉がやばかったのである。

 その日もいつものように、一時間ちょっとの激しいトレーニングを終えて、私は足早にシャワールームへと入った。

 当時、私は帰宅の為に乗る電車の時間ぎりぎり間に合うか間に合わないかの時間までトレーニングしていた。「あんたの背中は、若いのに贅肉でおばちゃんくさい」と母に指摘され、少しでも多く運動して早く引き締めねば、と焦っていたからだ。

 当然、ぎりぎりなので、汗を流すのにもあまり時間がかけられない。きつい運動を終えた後は階段を降りるのもふらふらなので、できればジムのお風呂でのんびりしたいが、そんなことをしていたら家に帰る電車を逃してしまう。

特に、その日は結構粘ってしまったので、殊更時間がやばかった。一息つく間もなく、私は手短にシャワーを浴び、浴場を出た。

 浴場を出た私は、体を拭うのも適当に、バスタオルなどを持って小走りで自分の荷物を入れているロッカーへと向かおうとした。

 その時だった。

 濡れっぱなしだった私の足の裏が、床を踏みしめそこねてつるりと滑った。

 「え」

受け身をとる間もなかった。視界がジェットコースターのように勢いよくぐるりと反転し、天井が目に飛び込んできた。私はコントのように全裸で滑って転び、背中と尻をしたたかに打った。

一瞬、何が起こったのかわからず、私は数秒ほど、床の上で全裸であおむけのまま茫然としていた。

状況を理解した後、私は跳ねるように飛び起きた。とにかく恥ずかしい。早くこの場を離れねばならない。それだけが頭を占めていた。

ふと、立ち上がって気付いた。視界がぼやけている。眼鏡がない。

「…」

眼鏡は数メートル先の床に転がっていた。その隣に、私の手から吹き飛んだ下着も転がっていた。

 周囲の視線が痛かった。いや、見られていたわけではないが、みな不自然にこちらから目をそらしているのである。皆一様に、見てはいけないものを見てしまった、という様子だった。

 私は泣きそうになりながら眼鏡と下着を拾い、すばやく着替え、荷物乱雑に鞄に詰め込んで、駅まで一直線に走った。電車には間に合った。

 それ以来、私は時間には余裕を持って行動するようになった。焦り過ぎてはことを仕損じ、挙句の果てにはかかなくていい恥をかいてしまう。全裸での転倒は、私の心に深い傷と教訓を刻み込んだのであった。